ツアーの行き先としてはメジャーでないけれど足を運べばとりこになる街を、ヨーロッパを知り尽くした作家・写真家の相原恭子さんが訪ねる「魅せられて 必見のヨーロッパ」。今回は2019年に出かけたオーストリアのウィーンとドイツのミッテンヴァルト。二つの場所が偶然、バイオリン製作というキーワードでつながったというのです。
ウィーンのバイオリン製作工房を訪ねて
前回紹介したウィーンで、中央墓地から戻り、町なかのバイオリン製作工房を訪ねました。
出迎えてくれたベーベル・べリングハウゼンさん
ベーベル・べリングハウゼンさんは、バイオリン製作マイスター(最高峰の国家資格保持者)。子供の頃にコンサートで聴いたチェロの音に魅せられて、13歳でチェロを習い、楽器の作り方まで学びたくなってバイオリン製作のマイスターになりました。夢をかなえ、生き生きとした彼女はとても幸せそうです。
言葉がドイツ人のドイツ語だと思ったら、やはり、彼女はドイツのボン生まれです。
道具類がずらりと並ぶ工房の一隅
べリングハウゼンさんは、1990年から1994年までドイツのミッテンヴァルトにあるバイオリン製作専門学校で学び、工房で研修した後、1998年にマイスター試験に合格。独立してドイツで製作を始めましたが、ウィーンに暮らすクラリネット奏者との結婚を機に、ウィーンに工房を開きました。
ニスとオイルの香りが立ち込める工房。彼女はこの匂いをかぐと、たった400グラムの木材から、驚異の音を響かせるバイオリンが作れるという喜びに満たされるそうです。
右手に持っているのはバイオリンの上板
「何年かに1度、森で木を探します。とても楽しい重要な仕事です」とベリングハウゼンさんは語ります。フィヒテン(トウヒの仲間の針葉樹)が最上の素材で、林に生えている木を自分でたたいて音を見極め、選ぶそうです。「樹齢100年から200年ほどの大木が1本あれば、素材としては一生バイオリンを作れる量ですが、時とともに演奏家の好みも変わりますし、作り手としては同じ木は2~3年で飽きてしまうので、新たな木を探すのです」
(左)バイオリンらしい形になっていきます、(右)渦巻きやネックの部分を手にして
彼女は3人の子供の母親でもありますが、全工程を1人で行い、1年に5丁のバイオリンを完成させます。バイオリン製作を学んだ人の多くは修復や営業の仕事につき、製作に専念する人は少ないとか。「ウィーンには36ほどバイオリン工房がありますが、修復・修理の工房がほとんどで、製作する人は私のほかに1~2人しかいません」とベリングハウゼンさん。
カンナを手に、木を削ったけれど……
「削ってみて」と言われて、恐る恐る削る私
親指くらいの小さなカンナで木を削ります。上板は案外スルリと削れるのですが、大丈夫かしら? 彼女は「もう少し力を入れて」「もっと削って」などと大らかですが、私のせいで製作中のバイオリンが台無しになったら大変。2、3回削ってやめました。
上板の年輪から、製作年代がわかると言います。たとえば、年輪のこの部分は雨が極端に少なかった1948年、というように気候が年輪に表れるそうです。
(左)バイオリンを弾くべリングハウゼンさん、(右)工房の壁には、べリングハウゼンさんのマイスター証書が掛けられています
べリングハウゼンさんが、バイオリンを弾いてくれました。深く心地よい音色です。彼女はチェロに思い入れがあるので、低音を重視する傾向があるとか。自作の楽器を自分で弾けたら、至福に違いありません。
バイオリン作りの村 ドイツ山間部のミッテンヴァルト
さて、同じ年の6月、私はべリングハウゼンさんが学んだ村、ドイツのミッテンヴァルトを訪ねていました。偶然に二つの取材地が、バイオリンでつながりました。
ミッテンヴァルト駅です
では、ミッテンヴァルトをご案内しましょう。ドイツアルプスの山間にある小さな美しい村です。
旧市街では、左の写真にある聖ペーター&パウル教区教会の塔が目をひきます。そのすぐ横には、ミッテンヴァルトのバイオリン製作の創始者とされるマティアス・クロッツ(1653~1743)の像があります。
(左)6月の晴れた日、地元の人や観光客でにぎわう旧市街、(右)マティアス・クロッツの像。目立つ場所にあります
マティアス・クロッツはイタリアで学び、ミッテンヴァルトで数多くのバイオリン製作者を育てました。貧しかった村はバイオリン製作で経済的にうるおい始めました。
製作技術はもちろんですが、ミッテンヴァルトにはほかにも利点がありました。アルプス北側のドイツから、オーストリアとイタリアの国境にある要衝のブレンナー峠へ向かう重要な交易路に位置していること、森に囲まれて木材が豊富であったこと、聖ペーター&パウル教区教会への参拝者でにぎわいバイオリンを演奏する機会にも恵まれたこと、などが挙げられます。
バイオリン製作博物館で知る歴史
ミッテンヴァルト・バイオリン製作博物館(Geigenbaumuseum Mittenwald)を訪ねました。教会の角を入ったところにあります。
(左)バイオリン製作博物館の看板、(右)マリア・ザントナーさん
右の写真の女性は、この日受付を担当していたバイオリン製作マイスターのマリア・ザントナーさん。彼女は装飾用のミニチュアのバイオリンを作っているそうです。北ドイツのリューベック出身で、父親がバイオリン製作マイスターだったことと、ミッテンヴァルトの美しさが気に入り、ここで学び、そのまま暮らしていると言います。
館内の展示によれば、マティアス・クロッツの3人の息子も父からバイオリン製作を学びました。その1人セバスティアン1世は頭角を現し、さらにその息子エギディウス・クロッツ(1733~1805)は、世に知られました。というのは、エギディウスが受け継いだ様式が、1800年頃までは名匠アントニオ・ストラディヴァリよりも需要が大きかったというヤコブ・シュタイナー(1619~1683)のものだったのです。
博物館内に工房が再現されています
ちなみに、モーツァルトも、エギディウスによるバイオリンとされる「ミッテンヴァルトの女性(Mittenwalderin)」を所有していたといわれています。
バイオリンだけでなく、ギターなどの弦楽器もミッテンヴァルトで製作されました
ライオンの頭をモチーフにした装飾
こちらは装飾的です。シュタイナーが製作した楽器のコピーとされています。
工房を訪ねて、華やかな演奏会も毎日地道に楽器を製作するマイスターたちに支えられているのを実感しました。
ミッテンヴァルトは、〈歩かずに楽しめる絶景 ドイツ最高峰ツークシュピッツェ〉で紹介したガルミッシュ・パルテンキルヘンから電車で約20~30分、ミュンヘンからも約2時間で行けます。機会があれば、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょう。
■ウィーン市観光局
https://www.wien.info/ja
■ドイツ観光局
https://www.germany.travel/en/home.html
■オーストリア航空
https://www.austrian.com/ja_jp/
PROFILE
からの記事と詳細 ( ストラディバリより人気だった職人も! ウィーン、ミッテンヴァルト バイオリン工房巡り - 朝日新聞デジタル )
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