
“女性を守る”環境づくりからスタート
── 原田左官工業所では30年以上前から女性の職人を育てているそうですね。何かきっかけがあったのですか? 原田さん(原田左官工業所): 最初に女性の職人が当社で誕生したのは1987年です。事務職で採用した女性スタッフが「現場で働いてみたい」と話してくれたのがきっかけです。「それなら」とすぐに働いてもらうことを考えましたが、当時は、男性の職人たちが現場で女性と働くことに慣れていなかったため、女性がすぐになじめるような環境ではありませんでした。 そこで、「ハラダサカンレディース」という女性だけのチームを作りました。当時は、女性社員を守るという思いも込めていました。女性職人の相談役は、私の母親(当時の専務取締役)や先輩の女性が担っていました。専用の移動車も作っていたんですよ。 そうやって少しずつ女性の職人に実績を積んでもらいました。その後は活躍してくれています。装飾壁床のアイデアをみずから企画し、営業・施工管理・材料配合などまで一貫してできる頼もしい存在です。現在は、男女関係なく一緒に仕事をするのが当たり前になっているので、女性だけのチームもなくなりました。今は12人の女性職人が現場を引っ張っていってくれています。 ── 当時は希少な女性職人を守るためにチームを作っていたのが、今では男女一緒に働くのが当たり前の環境へと変化したのですね。それまでに課題となったことはありますか? 原田さん(原田左官工業所): 当時、左官は男性だけの職場というイメージが根強くありました。その概念を取り除くことが大きな課題でしたね。10年くらい時間をかけて少しずつ理解を深めてもらいました。 ── 具体的にどんなふうに取り組んだのですか? 原田さん(原田左官工業所): まず、ハード面を変化させることから始めました。女性専用の更衣室とトイレ、休憩室を作ったのです。しばらく後になって育児休業制度も整えていきましたが、女性にとっての働きやすい環境を整えていった結果、若手の男性職人にとっても働きやすい環境になっていきました。男性スタッフの要望で男性専用の休憩室も作りました。
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