日本の工場と一緒に布を作り、数々のブランドからオーダーを受けてきたテキスタイルデザイナーの梶原加奈子氏。工場の技や志がいくら優れていても、旧態依然とした感覚のままでは時代にフィットしたものづくりにはならない。未来に向けた発想をし、それを実現しようと切磋琢磨(せっさたくま)するところに、新しいものづくりが開けていく。
<前編はこちら>
本連載では常識にとらわれないアプローチで存在感を発揮しているアパレル業界の“革命者”たちの熱意の原点を探り、それをどのようにしてビジネスにつなげていったかを掘り下げていく。今回は前回に引き続き、テキスタイルデザイナーの梶原加奈子氏。
変化することに向き合う姿勢を持ってもらう
梶原さんは、具体的にどんな仕事をしているのか。初期の頃から取り組んでいる、兵庫県西脇市の繊維商社である丸萬と共に遠孫織布という工場と開発を続けてきたケースを聞いた。
カラフルな色が目を引くストールは“多重織”という特殊な技術で作られている。「こうしたらもっとすてきな布になる」という梶原さんの要望に応え、工場の職人たちが知恵を絞った技で取り組んだもの。幾重にも色を重ねた布を織るため、職人は複雑なプログラムをコンピューターに打ち込まなくてはならないし、繊細な作りなので織り上げるには相応の時間がかかるそう。日本の中でも恐らくここだけができる技術だという。さらにこの布は廃棄物に新たな価値を与えるアップサイクルの考えを具現化したもので、残糸を使っているのだが、それがまったく分からない。
“難しいことに挑戦する日々の鍛錬が未来をつくっていく”という思いの下、「変化していくことに向き合い、壁を越えていくのをいとわない姿勢があってのこと」と梶原さん。そういう姿勢を持つ遠孫織布の職人と、時間をかけて新しい布の開発に取り組んできたのだ。
ただ、最初からこういう関係性が築けたわけではない。梶原さんが提案したデザインに対し、「それをやって売れるのか」「アート作品を作るわけじゃない」「そんなデザインを形にできるのか」と疑問を抱いたり及び腰になったりする職人もいた。梶原さんは一人ひとりと話し込み、少しずつ納得してもらって労苦を共にする。そうやって布を作り、国内外の展示会に出て、梶原さん自ら商談に加わって手応えを得ていったのだという。
2007年、「ジョルジオ アルマーニ」から声がかかり、コレクションで使われることになったときは、チーム一同で喜び合ったという。そうやって少しずつ成果が出てくることで、職人との信頼関係が出来上がっていったのだ。
最新の仕事の一つは、長野県大町市に工場を持つ近藤紡績所の、世界最高級の綿である海島綿などを使った製品をブランド化するプロジェクトだ。英国王室御用達として重用された海島綿は、現在世界で3社のみが取り扱いを認められており、国内では唯一生産を認められているのが近藤紡績所だ。綿の紡績に特化した工場で、工場の技術と品質管理の高さを評価されてのことだという。
海島綿は独特のしなやかな風合いと肌触りに定評があるが、糸をよって織り上げるのに大変な手間と相応のコストがかかる。大量生産品はコストが安い海外生産にシフトしていったが、国内での少量生産でしか作れない歴史あるものづくりを100年先まで残していきたい。そのためには、価格競争に陥らない価値づけをしていかなければならない。
そこで、近藤紡績所は布だけでなく製品も含めたブランドを梶原さんと一緒に作ることにしたのだ。ブランド名は「renment(レンメント)」。過去から未来に向け、連綿と綿づくりを続けていくという意図を込めたという。
極細でしなやかな糸をより、繊細な肌触りを持った布に織り上げるため、工場はほこりが飛ばないよう常に空調でほこりを吸い取る設計になっており、その上で工場の清掃を1日3回設けるなど徹底している。また、高速で糸を紡績すると海島綿の特徴である細くて長い繊維を傷つけて繊細な仕上がりにならないため、効率は悪いものの低速で丁寧に織り上げている。「見えないところの職人さんの立ち居振る舞い、その気遣いと誠実さが、日本の職人技の基礎にあると改めて感じました」と梶原さん。
一方、工場の技や志がいくら優れていても、旧態依然とした感覚のままでは時代にフィットしたものづくりにはなっていかない。「こういうものを作れないか」と未来に向けた発想をし、それを実現しようと切磋琢磨(せっさたくま)するところに、新しいものづくりが開けていく。梶原さんは先生のように「こうしなさい」と言って終わりではなく、一緒になって「やり遂げる」ところまで持っていく。そのための労苦をいとわないから、地道ながらも着実な成果を出しているのだ。
「テキスタイルを作っていく工程には多くの人との関わりがあり、そこの意思統一を図っていくことも大事」(梶原さん)。1人の力ではできないことでも、求心力のあるチームなら実現できるのだという。
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