今年の12月8日は、日本が対米開戦に踏み切った真珠湾攻撃から80年に当たる。この世界を震撼させた大作戦は単なる「奇襲」では断じてなく、当時の軍事技術の粋や日本の〝職人芸〟を結集させた、奇跡の作戦であった。ただ、現場からは不満もあがっていた。日米開戦50年の年(平成3年)に筆者が取材した3人の真珠湾攻撃参戦パイロットの証言を柱に、この作戦の一端をひもとく。
荒波の難ルート
話を聞いたのは、空母「赤城」の急降下爆撃隊中隊長だった阿部善次氏(真珠湾攻撃時25歳)▽空母「蒼龍」の水平爆撃隊員だった大多和達也氏(同22歳)▽空母「翔鶴」の戦闘機隊員だった小町定氏(同21歳)。30年前の取材時は70歳代だったが、すでに3人とも鬼籍に入った。
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