ショーマッカーの「ロゲンブロート」を食べるとき、あなたの第一声はきっとこうなるはずだ。
「ライ麦パンってこんなにしっとりしてやわらかいものだったのか!」
皮は薄い。中身も今にも流れだしそうなほどやわらかい。歯にくっつくようなねっとりさ、きなこに似た香りが相まって、安倍川餅をほうふつとさせる。ほどけたライ麦の粒は流砂のようにさらさらと舌の上を流れていく。
あなたの第二声はきっと「こんなに甘くて、酸味もほとんどないのか!」となるだろう。まるではちみつのような甘さ。そのあと、口を清めるように爽快な酸味がほんのりとそよぐ。

窓越しのパン
清水信孝シェフはドイツのショーマッカー本店で、技術を完全に学び取った人。オーガニック(BIO)ライ麦100%で作られるロゲンブロートも、本店と同じライ麦、同じ製法で作られる。ライ麦パンが硬いというのは日本人の思い込みにすぎず、むしろこれが本物のドイツパンなのだ。
おいしいパンは、時間をかけ、手間をかけて作られる……というのも、日本人の思い込みかもしれない。なにしろ、仕込みからできあがりまでわずか2時間なのだから。ミキシングはものの数分。生地はまだどろどろ。そもそもライ麦はグルテンが形成されないから、それができあがるのを待つ必要がない。一次発酵もとらず、すぐ1個分に切って、丸めて。清水さんは、ドイツならではの「押し丸め」を、目にも留まらぬ速さで行う。だからこそ、どろどろの生地は、作業台にくっつく暇もなく、きれいにまとまっていく。
「生地がうまくできたときは、あったかくて、ほわっと跳ね返る感覚がある。菌(サワー種の中にいる乳酸菌、酵母)を扱う技術がいちばん問われるのが、ロゲンブロートです」

ロゲンブロートを窯入れする清水信孝シェフ
ロゲンブロートは、小麦の栽培もままならなかった北の地で生き抜いてきたドイツの合理精神の結晶である。ひとつは上述したような効率性。小さいパンを何十種類も作る日本のパン屋と異なり、大きなパンを短時間で作るドイツのパン屋は労働時間が短く、生産性が高い。
もうひとつは、ライ麦のパンが健康に資すること。グルテンアレルギーでも人によっては食べることができるし(小麦のパンも作っている環境なので注意が必要)、ミネラル・食物繊維に富み、白い小麦粉のパンに比べてGI値が低い。生活習慣病の危険が叫ばれる現代人にとって理想的な主食といえる。

メアコンブロート
「メアコンブロート」も、ひまわり、ゴマ、カボチャ、亜麻とナッツがたっぷり入った、オーガニックライ麦30%のパン。硬く、乾ききった皮から、こんにゃくかというほどに、湿り、ぷるぷるとした中身が出てくるサプライズ。種の香ばしさが、ライ麦の香りとみずみずしさの中で交差するとき発せられる滋味は、赤飯を思わせる。
奇妙なのは、買ったばかりのメアコンブロートに、手で引き裂いた跡がついていること。でも、これが正解なのである。「2個くっつけて焼きます。そのほうが(1個あたりの表面積が小さくなるため)、しっとりしたおいしいパンになる。見かけより、味を重要視するのがドイツです」

ブロートヒェン(ゼンメル)
ライ麦同様、小麦を扱う技にもドイツは長(た)けている。そう思わせるのが、小麦100%の「ブロートヒェン(ゼンメル)」。かさこそと割れる皮の気持ちよさ。中身は「ふにっ」と「むにっ」の間、やわらかさと噛(か)み応えを併せ持った、絶妙な食感で沈む。舌には甘味が刻印を押す。材料は、小麦に塩、酵母、そしてマーガリンはオーガニックのものを使用。マーガリン=悪とイメージで判断するのではなく、質を問うのがドイツ流なのである。
ドイツ人の常連客がやってくれば、流暢(りゅうちょう)なドイツ語で談笑する清水さん。ライ麦パンがドイツの生活そのものであることを感じさせる一場面だった。
ショーマッカー
東京都大田区北千束1-59-10
03-3727-5201
9:00~18:00
月曜休
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からの記事と詳細 ( しっとりやわらかライ麦パン。先入観を覆す、ドイツ仕込みの職人技/ショーマッカー - 朝日新聞社 )
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