
近年、静岡県がクラフトビールのブームに沸いている。県内には22のクラフトビールの醸造所があり、ビール好きから評価の高い銘柄も多く存在。そんな県のビールを各種試すなら、静岡市内のビアバーと醸造所を巡るのが効率的で楽しい。第4回目は市内にある気鋭の醸造所「West Coast Brewing」を紹介する。
シアトル出身の建築家が静岡に人を呼ぶ醸造所を作った
静岡のクラフトビールブームの強烈な新星となっているのが、静岡市用宗(もちむね)を拠点とする「West Coast Brewing」(以下WCB)だ。2019年7月に誕生した新しいブルワリーながら、全国からファンを呼び、コロナ前は海外から「WCB」の樽生を目指して飛んで来る旅人もいた。 現在、静岡市内に5軒の直営店を展開し、今年11月には浜松店もオープン予定。タイ、台湾、香港への輸出も始まり、小さな港町から海を渡る存在となっている。 オーナーのデレック・バストンさん(41歳)は、自分たちのビールを「ゴリゴリのアメリカのIPA」と言うが、まさにその通り。なにせデレックさんは米シアトル出身で、「日本に来てから自分が飲みたいビールがどこにもなかった」との想いからこの醸造所を立ち上げた。フレッシュさに欠ける輸入缶ではなく、タップで好きな味のビールを飲むには、自ら静岡で作るほかなかった。 そう思っていた当時、デレックさんが静岡で何をしていたかといえば、建築家だ。現在、静岡在住歴は18年。開業に到るまでの経歴も「WCB」のスタイルに関わっているので少しご紹介する。
語学、就職、結婚、ウイスキー。すべては麦酒に通ずる
シアトルの高校時代、大学進学のために3年間同じ外国語を必修しなければいけなかったデレックさんは、「一番難しそうだから、“やってやろう!”と調子にのったんです」と日本語を学びだした。その後、めでたくワシントン大学への進学が決定し、祖母が卒業祝いにプレゼントしてくれた1998年のニッポン旅行が鮮烈だった。 東京ではスーツ姿のサラリーマンの日常風景からレストランのフードの見本、時間通りに来る電車まで、すべてがエキゾチックで刺激的。次に広島と青森へホームステイに向かうと、広島ではホストファミリーのお母さんが好物と伝えていたトンカツを毎日揚げてくれて、隣でお父さんは「スーパードライ」を開ける。青森ではホストファミリーが毎晩カラオケに連れて行ってくれた。 「最高でしょ?これ以上ない第一印象。毎日が凄く楽しくていい思い出しかないから、また日本に来たいと思いました」と、未来に繋がる初来日を振り返る。 日本語を続けながらも、ワシントン大学では音楽(声楽)を専攻し音楽教師を目指していた。しかし、経済的な事情で早く稼げる仕事に就く必要があり、就職に有利となる日本語学部の専攻に変更。在学中に慶應大学へ1年間留学し、帰国後は早期卒業して静岡市に本社のある東海澱粉のシアトル支社に就職した。 商社マンとして北米の魚介や農産物を買い付ける輸出入のノウハウは、のちにブルワリーとして原材料を仕入れるのに活きてくる。「WCB」は他社では得づらい特殊なホップを海外から仕入れているのが強みだ。何よりこの商社での最大の出来事は、本社勤めの元妻と出会い、結婚を機に彼女の地元・静岡へ移住したことだった。 来日後は義父の設計事務所で10年間経験を積み、8年前に建築家として独立。デレックさんが建築家になったからこそ、私たちは「WCB」のビールを飲める。というのも、彼は2014年にウイスキーの静岡蒸留所の設計依頼をきっかけに、ブルワリー設立の可能性を見出したのだ。 「最初は難しく感じた蒸留所の設計が、進み出したら思いのほか手応えがありました。それで学生時代から好きなクラフトビールの醸造所も作れるかもしれないと考えて、気付いたらここまできた。最近ちょっとビビっています。ブルワリーが思ったよりも楽しくって。ビールは事業から派生して色んなビジネスを生み出せるのが面白い。デザインもリサイクルも、ホテルを作ることだってできる。単純に言うと僕らは幅広い世代に“格好いい”と思われたくて、ビールをきっかけにそう思ってくれた人たちが、より楽しめる仕組みを作りたい」 実際、ブルワリーの隣にビアホテルを作る準備を進めている。今年8月に発売した「ユナイテッドアローズ」とのコラボTシャツやキャップも好評だ。 根本として、「WCB」はオーナー自身が「これが格好いい」と思う世界観が明確にあるのが強い。ビールのブランディングはもちろん、西海岸的な建築もイベントもDJも、大人の遊びのセンスに長けているのだろう。ちなみに愛車は日本に一台しかない「マスタング シェルビー GT350R」。海沿いに似合うのが気に入っているとか。
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