岡山の職人気質な社長は「私ね、木で創れんものはないと思っとるんです」と笑った。2007年に発表され、各方面のメディアで話題を呼んだ木製スーパーカー、「真庭(まにわ)」をご存じだろうか。
175㏄、3シーター、道路運送車両法では「側車付二輪自動車」(サイドカーやトライク)と同じ扱いになるこの車両は、一見してわかる木製のボディとその異様なまでの存在感によって、合法である公道走行の際にも数々の伝説を生み出してしまった。
日本国内での公共放送や共同通信をはじめ、海外メディアからはイギリス、フランス、ポルトガル、ブラジル、そして韓国ドラマにまで登場したというこの珍車。クルマメディアという目線から、製作者である佐田時信氏の人物像とともにこのマシンを掘り下げてみることにしたい。
本文/西尾タクト
写真/佐田建美
【画像ギャラリー】公道最速「伝統工芸品」伝説がコレだ! ・・・え、作ったのは「真庭」だけじゃない!?
■木で創れないものはない!! 独自の美学が作り上げた木製スーパーカー
岡山県真庭市に拠点を置く佐田建美の代表取締役、佐田時信氏が今回の主役。かつて『ベストカー』本誌でも、自動車評論家の小沢コージ氏の記事に登場するなど、かなりのクルマ好きとしても名を馳せている。
そんな彼がこの『木製スーパーカー・真庭』を手がけることになった理由が3つあるらしい。
ひとつ目は「木で創れないものはない」という職人の信念。木工職人として、佐田建美の技術力を試したいという意思だそうだ。超大手企業のような研究所を持たない佐田建美にとって、これが企業プレビューの機会なのだ。
「企てる」と書いて企業。トライ&エラーもなく「新しいことをやって儲けろ」という、今の日本の「ものづくり」の風潮と企業たちに一石を投じたかった、と佐田氏は語る。
ふたつ目はブランド力の確立。木工の世界でも名を馳せ、そのご褒美に数々の名車を乗り継いできた佐田氏。コスモスポーツ、NSX、ランボルギーニなどを所有し、「2シーター至上主義」を豪語する氏にとって、なかでもフェラーリというブランドは特別なのだとか。
速さ、乗り心地、価格などでクルマを「比べる」要素は多かれ、フェラーリはそのブランド力によって「他者の価値すらも上げてしまう、一線を画した存在」であることに惚れ込んでいるそうだ。「真庭」と佐田建美の仕事を、そうしたブランド力のあるものへと昇華させ、後進の若者たちへと繋いでいきたい。憧れであり、目標なのだと語ってくれた。
そして3つ目は、長年クルマバカに付き合ってくれた奥様から「もういいかげん、変なクルマを『買うな!』」と釘を刺されたので「自分で創ったんですわ(笑)」ということらしい。
■もしもしお巡りさん、自動車専用道を「伝統工芸品」が走ってるんですが!
かつて「真庭」は公共放送でも大々的に特集され、その折に東京の都心を実走した。人で賑わう銀座の交差点。ちょうど赤信号で最前列に停車した真庭が、通行者たちから注目を浴びてしまって大混乱。警察が駆けつけるほどの騒ぎになったそうだ。
また、佐田氏の地元である岡山県真庭市界隈でも合法的に自動車専用道路を走行中、「何か変なモノが走っている」と通報してしまう人が後を絶たないそうだ。地元警察からは「佐田さん、もうできれば、普段はあまり『真庭』で走り回らんでくださいよ」と苦笑される始末だとか。
当初、右も左もわからないまま「木製の4輪自動車で公道を走りたい」と陸運局に図面を持って相談に押しかけた。最初の回答は「たぶん無理」とのことだった。しかし、諦めない佐田氏は模索するうち、道路交通法と道路運送車両法の両面から、3輪の車両規定を知ることとなる。
「真庭」製作のうえで「高速道路を走る木工製品」というコンセプトを定めたこと、車検なども考慮し、175㏄のバイク用エンジンを搭載した。道路運送車両法では「側車付2輪自動車(サイドカー・トライク)」と同じ扱いになるこの車両は、ナンバーの取付も車両後方のみ。
丸型ステアリングに車輪が4つである自動車ではなく、バーハンドルに3輪であるこの車両にはシートベルトやヘルメットの装着義務はなし(2021年現在)との判定。また、道路交通法施行規則第2条により、運転に必要な免許は「普通自動車運転免許」である。
かくして、真庭製作のためのプロセスをたびたび練り直し、陸運局の担当者が音を上げる寸前まで調査や相談を続けた。「無理だと思う」と主観のみで返す人には、無理である理由がなくなるまで向き合ってから本当の結論を出したいと常々考えているそうだ。
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