石川・金沢市にある“職人のための学校”
日本には残していきたい職人の技がある。
先人が培ったさまざまな伝統技術があり、その技は職人たちによって連綿と受け継がれてきた。だが、需要減や後継者問題などにより、そうしたノウハウを伝えることが難しくなった現実もある。
復元された首里城(沖縄)が2019年に焼失した際には、特徴的な屋根に使われていた「赤瓦」の職人がすでに亡くなっていて後継者もいなかったため、製法の再現が厳しいという問題も浮上した。
(関連記事:「漆器職人」が不足…首里城再建に欠かせない技術をどう継承していくのか)
そのような伝統技術をロストテクノロジーとしないためには、どう継承していけばいいのかという課題がある中、石川県金沢市には、職人が伝統技術を学べる施設がある。名称を公益社団法人「金沢職人大学校」といい、技術の継承などに貢献しているというのだ。
伝統技術の習得というと、丁寧に教えてもらえるのではなく、どうしても「目で見て盗んで覚える」というイメージがある。
実際にはどのような形で、どんなことが学べるのだろう。技術の継承のヒントになるのかその実態に迫ってみた。
経験豊富なプロが技術を指導
金沢職人大学校の魅力は、なんと言っても経験豊富なプロから技術を学べる環境が整っていることだ。
学校には、ものづくりを支える9職種(石工・瓦・左官・造園・大工・畳・建具・板金・表具)から技術を選んで学べる「本科」、歴史的建造物の修復法を学べる「修復専攻科」があり、本科はベテランの職人、修復専攻科は国の文化財調査官、学識経験者が講師を務める。
敷地内には、各職種の実習に対応できる実習棟なども整備されていることから、受講生は実際に製作や加工などを体験しつつ、必要な知識や技術を身に付けられるのだ。
例えば、石工について学べる「石工科」を選ぶと、石を手作業で細かく割ったり、切り口がでこぼこの石をパズルのように組み合わせて並べる「間知積」(けんちづみ)などの技術を身に付けられる。機械作業が中心の現代では修得が難しい技術を自分のものにできる。
入学には、職人としての基本的技能を習得していること(未経験者は不可)など、一定の条件を満たなければならないが、受講生のもう1つのメリットとして、拘束時間や経済的負担をできる限り抑えているところもある。
技術習得は3年間、月4回の授業を受ける形式となっていて、仕事と並行しながらでも無理なく続けられる。授業も午後6時以降に始まり、約2~3時間で終わるのが一般的だ。
金沢市の施策として設立されたため、学費なども基本的に無償という。
ここまで読んで、職人としての基本的技能を習得しているなら、わざわざ学校に通わずとも職場で技術を学べるのでは?と疑問に思う人もいるだろう。
しかし、ここに伝統技術が陥りがちな落とし穴が隠れている。
金沢職人大学校の担当者によると、職人の世界は親方や組合などに弟子入りし、実力が認められてから技術を教えてもらうのが一般的。同業者は仕事の競合相手ともなるため、伝統技術はとりわけ、一子相伝のような形で受け継がれることが多い。
そのために技術が属人化してしまい、何かのきっかけで後継者が途絶えると、技術自体が失われかねないというのだ。学校という“職人が集まれる場所”を作ることで、ベテランの職人が弟子以外にも技術を教えて、広めてもらう狙いがあるという。
このような環境で伝統技術を学べる場所はめずらしいと思うが、なぜ、金沢にこうした施設を作ったのか?そして技術の継承に効果は出ているのか?
金沢職人大学校の担当者に、気になることを伺った。
「金沢らしい」街並みは職人の技術で守られている
――なぜ金沢市には、伝統技術を学べる学校がある?
金沢市は加賀藩政期の町並みを継承している希少な都市で、歴史的な景観や文化が現在まで受け継がれてきました。こうした「金沢らしい」街並みを形成する、武家屋敷などの施設は、個人の所有物が多いため、地元の職人の技術によって守られてきたのです。
しかし、生活様式の近代化で職人の仕事も機械化され、伝統的で高度な職人技が継承されにくくなったり、職人の数自体が減少する職種も出ています。こうした状況もあり、歴史的な景観や遺産を維持・継承できる、伝統技術を守り伝える人材を育てようと設立されました。
――学校の設立経緯と具体的な役割を教えて。
本科を構成する9業種9組合の協力のもと、1996年に金沢市の出資で設立されました。その後、1999年に修復専攻科が増科され、2012年には公益社団法人となり、現在に至ります。
きっかけは、設立当時の金沢市長・山出保さんが寺社の落成式に出席したとき、改修を手掛けた職人に金沢市の人が一人もいなかったことだそうです。知人の大工からも「放っておいたらこれから職人は減っていく」という話を聞き、設立を決意したそうです。
具体的な役割としては、金沢に残る衣食住の伝統技術のうち、「住」に関する職種について、職人の技の伝承とそのための人材育成を図ること、職人文化に対する市民の理解と関心を深めることを目的としています。
――カリキュラムではどんなことを学ぶの?
カリキュラムは各職種の講師に委ねているので、学べることはコースや職種ごとに違います。
そのため、本科では9職種ごとに学べる技術も異なりますね。例えば、石工だと1年目は加工に必要な道具製作や石垣の加工、2年目は石積作業や軟石の加工、3年目は御影石の加工などを学びます。
詳しい内容は、金沢職人大学校のウェブサイトを参考にしていただければと思います。
修復専攻科については、受講を始めてから半年間を「講義」、その後の2年間を「実習」、修了までの半年間で「修了製作」というカリキュラムで進めています。
具体的には、文化財の保護制度や金沢の伝統建築などを講義で学んだあと、歴史的建造物の具体的な調査方法などを実習し、調査報告書などを修了製作として作るという流れです。
これまでに550人以上の修了生を輩出
――誰でも入学できるの?詳しい条件を教えて。
伝統技術を守るための学校なので、誰でも入学できるわけではありません。
本科は基本的技能を習得した職歴10年以上の職人(30歳~50歳ぐらい)であること、継続して自主的に研修する意欲があること、所属する業種団体の推薦を受けていることが条件となります。
修復専攻科の場合、本科の修了生および本科講師で自主的に研修する意欲があること、または、設計士・金沢市職員・教員で継続的に研修を希望していること、所属する業種団体の推薦を受けていることが条件となります。
基本的にはいわゆる旧加賀藩、石川県の近隣に居住する人までが入学できますが、希望科目や相談次第で県外の人も入学できる可能性はあります。
――なぜ未経験者は入学できない?職人の数を増やす試みはしている?
金沢職人大学校はいわゆる「職人訓練校」ではありません。伝統技術の再現は、未経験者や初心者だと難しいところがあるので、基本的技術を習得した人を入学条件としています。
職人の数を増やすことは課題ですが、こちらは一施設では難しいところがあり、県など自治体レベルでの取り組みとなります。建設関係は「3K」(きつい、汚い、危険)のイメージから、従事する人も減ってきているので、労働環境の改善や支援などに取り組んでいます。
――卒業するとどんなメリットはある?その後はどう活動している?
カリキュラムの修了生には、金沢市から「金沢匠の技能士」(本科修了者)または「歴史的建造物修復士」(修復専攻科)という認定が授与されます。その知識や技術は、金沢の歴史・文化的遺産の継承や保存修復に役立てられています。
認定証は名誉的なものですが、金沢職人大学校で学んだことの証明になるので、仕事の増加につながったという話もあるそうです。
――これまで、どれくらいの人が技術を学んできた?
2020年3月現在まで、本科331名、修復専攻科235名の修了生を輩出しています。今期(2017年10月~2020年9月)も本科8期生47名、修復専攻科7期生45名が研修を受けています。
卒業生が後進を指導する「好循環」も
――学校誕生から約20年となるが、どんな影響を感じる?
好循環のような影響が出ています。卒業生が講師となって後進の技術指導に当たってくれることもありますし、町の施設を修復するNPOを立ち上げて活動している人もいます。
近年では、石川県から文化財パトロールの委託や、金沢城の復元事業における門や長屋の工事を手掛ける機会を得るなど、活躍の場が広がっていますね。このほか、県外においても文化財建造物の保存、修理や技術研修などに取り組んだ事例もあります。
――これからの方針はある?
石川県の外にも学校の存在が認知されてきているので、市民や他の自治体などへのPRに努めて、職人の人材活用を推進していければと思います。指導・助言役として、講師や修了生を技能研修会、歴史的建造物の修理復元事業などに派遣していくことも考えています。
職人のための学校を作ることで、経験豊富なベテランは技を教えることができ、中堅・若手はその技を自分のものにするチャンスを得られる。
伝統技術が属人化しないように皆で継承していく。金沢職人大学校はそんな、職人同士が教え合う好循環を生み出した、モデルケースと言えるかもしれない。
(画像提供:金沢職人大学校)
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April 02, 2020 at 09:30AM
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“一子相伝”では伝統技術が途絶えかねない…金沢に“職人のための学校” - www.fnn.jp
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