コミュニティー・プロデューサーの水代優さんに、暮らしを知的に楽しむアイテムを紹介してもらう連載「水代百貨店」。今回のテーマはクラフトビールです。
着々と市場が広がる一方、種類の豊富さに何を飲めばいいのか迷ってしまう、という声もよく聞くクラフトビール。「そんな人には、まずはこれを飲んで欲しい。誰に勧めてもうまいと言われます」と水代さんが猛プッシュするのが、伊勢角屋麦酒の「ペールエール」です。
百花繚乱(りょうらん)の世界で、水代さんがこの一本を取り上げた理由とは? 記事の後半では伊勢角屋麦酒を率いる鈴木成宗さんとの対談もお届けします。
今回のおすすめ
権威ある英国の国際大会「The International Brewing Awards」で二回連続で金賞を受賞した伊勢角屋麦酒の看板ビール。グレープフルーツを思わせるかんきつ系の爽やかな香りと心地良い苦みが特徴。
アルコール分:5.0%
容量:330ml/1本
価格:380円(税別・送料別)
伊勢角屋麦酒「ペールエール」のここがスゴい!(水代さん選評)
ビールの魅力といえば「のどごし」。それに加えて、ホップ(「苦み」と「香り」を与えるビールの主要原料)の香りを「鼻」で味わえるのがクラフトビールの魅力です。香りは2種類あって、注がれたビールから香る「アロマ」と、飲んだ後に鼻腔(びこう)から返ってくる「フレーバー」。特に後者のフレーバーを、僕は「のどごし」ならぬ「鼻ごし」と呼んでいます(笑)。
僕は缶ビールを毎日5~10本飲むほどのビール党ですが、それまでは水のようにゴクゴク飲めるラガー系ビールをずっと支持していました。そんな僕をクラフトビールの世界に誘ってくれたのが、伊勢角屋麦酒のペールエール。通称「伊勢ペ」です。
ホップを大量に投入して苦みを効かせたIPA(インディアペールエール)、小麦麦芽を使ったクリーミーな味わいのヴァイツェンなど、個性豊かな銘柄がそろうクラフトビールの世界にあって、この伊勢ペはクセのないスタンダードな味わい。アルコール度数は5%とあえて抑えめ。それでいて、3種類のホップが織りなす爽やかなかんきつ系の香りを楽しめます。
グラスに注いで、まずは立ち昇るアロマを堪能。それから一口含んで、クラフトビールならではのモルト(麦芽)のコクをじっくりと味わう。そこからゴクッと飲むと、鼻の奥から爽快なフレーバーがフワーっと抜けていき、「鼻ごし」の余韻に浸っているうちに、それまでのコクが口の中からスッと消えていく。後味がクリーンだから、自然とまたグラスに手が伸びてしまうんです。
このコクとキレのバランスこそ、「飲み飽きない(ドリンカブルな)クラフトビール」を追求した伊勢ペの真骨頂。僕はすっかりほれ込み、自分がプロデュースを手がけるコミュニティースペースのオリジナルビールをつくる際にも、伊勢角屋麦酒とコラボをさせてもらったほど。
クラフトビールファンの間には「『伊勢ペ』に帰る」という言葉があるんだとか。クラフトビール初心者の方にはもちろん、既にいろんなクラフトビールを楽しんでいる方がニュートラルに戻るビールとしても、「伊勢ペ」はオススメです。
目指したのは「水墨画」のようなビール
ここからは水代さんと「伊勢角屋麦酒」の鈴木成宗代表との対談です。
伊勢角屋麦酒の製造元は二軒茶屋餅角屋本店。創業400年を超える老舗の餅屋が1997年にクラフトビール業界に参入し、国際的なコンテストで何度も賞を取るなど輝かしい実績を残しています。微生物マニアで「発酵野郎」を自称する鈴木代表のこだわりに、水代さんが迫ります。
◇◆◇
水代 うまい! この「伊勢ペ」、僕もこれまで何度も飲んでいるけど、不思議と飲み飽きないんだよなぁ。
鈴木 ありがとうございます。飲み飽きない、と言われるのがいちばんうれしいですね。ビール大国・ドイツには「バイター・トリンケン(何杯飲んでもまた飲みたくなる)」というほめ言葉があるんです。
水代 今はクラフトビールの世界でも個性的なジャンルが続々と生まれていますが、鈴木さんはこのスタンダードなペールエールを創業以来とても大事にされていますよね。
鈴木 自分の原点ですから。僕はふたつの理想を掲げてクラフトビール造りを始めました。ひとつは、「いつまでも飲み続けられるビールを造りたい」ということ。「ドリンカブル」はビールの国際的な評価基準でもあるんです。
もうひとつは、「日本人ならではの繊細なクラフトビールを造りたい」ということ。たとえるなら、水墨画を描くようにビールを造りたい、という感じでしょうか。
水代 水墨画、ですか?
鈴木 クラフトビールの本場アメリカでは、ホップを大量に入れたりアルコール度数を高めたり、いわば油絵のように後から色を塗り足していくような造り方をします。でも僕は、水墨画のようにごまかしのきかない繊細なものづくりをしたかったんです。香りが高く、おいしくて、引っかかりのないビール。小さな針の穴に糸を通すようなものですね。
水代 たしかに「伊勢ペ」はアルコール度数を5%と抑えながらも、クラフトビール特有の飲みごたえが損なわれていないからすごい。3種類のホップの香りもしっかり伝わってきますし。
鈴木 ホップのインパクトは、ペールエールでは重要なポイントです。だから、ホップにはとりわけ気を使いますね。
水代 ワインはその年に収穫されたブドウの出来で品質が決まりますが、ホップも収穫年によって香りの質が違うといいますよね。味わいを一定に保つのが難しそうです。
鈴木 ホップの香り成分であるオイル量は、年によっては突然三分の一に減ったりすることもあります。それでも変わらぬ味わいのビールを提供しなければいけませんから、ホップの量や投入するタイミングを毎回変えながら味を調整するんです。
「地ビール=まずい」を覆したくて
水代 鈴木さんが代表を務める「有限会社二軒茶屋餅角屋本店」は、社名が表すとおり、もともとは400年以上続く老舗の餅屋です。そこから、どうしてクラフトビールを造ろうと思い立ったのですか?
鈴木 きっかけは、1994年の酒税法改正です。ビール製造免許を受ける条件が、それまでの年間2千キロリットルから60キロリットルまで引き下げられ、小規模事業者が参入しやすくなりました。大学時代は微生物の研究に没頭していたので、「ビールを造れば、また微生物と遊べる!」と、今思えば不純な動機でクラフトビール事業を始めました(笑)。1997年のことです。
水代 ただ、2000年代に入って、地ビールブームが去り、多くのビール事業者が撤退しましたよね。「地ビール=まずい」というレッテルも貼られて。
鈴木 事実、その当時の地ビールの半分は、正直言って売ってはいけない代物でしたよ。地域おこし目的で気軽に参入した事業者には、ノウハウと継続する覚悟がなかったんですね。
でも、僕はクラフトビールに対する不本意な評価が悔しくて。何としても世界で評価されるビールを造ろうと逆に燃えましたね。それで、どうすれば国際的なコンテストで入賞できるビールが造れるのかと考え、「そうだ、まずは国際審査員になろう!」と。審査の基準を知れば、的を狙いやすくなるじゃないですか。
水代 いやいや……(笑)。そんなこと考えないですよね、普通。すごく遠回りじゃないですか?
鈴木 遠回りのように見えて、実は僕の中では最短ルートなんですよ。どんなクラフトビールが評価されるのかを知るには、選ぶ側に回るのがいちばん手っ取り早い。そこでまずは、ビールの審査員資格を取得して、その後にアメリカのビアコンテストで審査員の日本人枠があるというので真っ先に手を挙げました。「英語できる?」「ぜんぜん大丈夫です!」って。本当はたいしてしゃべれないのに(笑)。それからしばらく日常生活を英語漬けにしました。
水代 今でも、さまざまなビアコンテストで審査員を務めておられますよね。本業も忙しいと思いますが、それでも続ける理由はあるんですか。
鈴木 世界中から集まる現役のブルワー(ビール製造者)や経営者たちとのディスカッションから、最先端の技術とトレンドを入手できるんです。クラフトビール業界は国境を越えて競合するという意識があまりないので、審査員同士がわりとフランクに互いの手の内を明かして情報交換をしています。残念ながら日本にはそういう場が少ないので、国際大会の審査会場は僕にとって格好の“研究室”なんです。
「世界一」を取ったのになぜ売れない?
水代 鈴木さんの研究の熱心さは本当にすごいですよね。2003年でしたか、業界参入からわずか数年でオーストラリアの国際コンテストで念願の世界一を獲得したじゃないですか。
鈴木 ただ、それを機に日本でも飛ぶように売れるかと思ったら、全く売れなくて……えらいこっちゃとなりました(笑)。世界を取れば景色が変わると思っていましたから。
それまでは「いいものを造れば必ず売れる」とばかり信じ込んでいて、正直マーケットインの視点がゼロでした。結果として、コアユーザーの方ばかりを向いて事業を展開していたわけです。その後、コアユーザーとライトユーザーで商品展開や訴求方法を変える必要性に気づいて、伊勢を訪れる観光客向けにはおみやげに持ち帰りやすい缶ビールを開発しました。これがヒットして、会社もようやく一息つけましたね。
水代 質の追求が、必ずしも売り上げにはリンクしなかったと。
鈴木 そうなんです。この10年、クラフトビールは一時的なブームを超えて人気が定着しつつありますが、とはいえ今なおビールの総販売量の1%を超えた程度。日本のビール市場はまだまだ四大ナショナルブランドが主流です。だから、我々が抱える本質的な課題は市場シェアを広げることです。
アメリカの場合、クラフトビールの市場占有率は20%を超えています(※売上高ベース)。この差の要因は何なのかと考えると、決定的な違いは、アメリカには「ホームブルーイング(自家醸造)」の文化があり、日本にはそれがないことだと思います。
水代 アメリカでは、スーパーなどでホームブルーイングのキットを普通に購入できると、聞いたことがあります。
鈴木 アメリカでは、ホームブルーイングの大会もレベルが高く、そこからスターブルワーが次々に生まれています。野球でいう甲子園のような土壌があり、消費者も成熟している。
一方日本では、酒造免許を取得せずにアルコール分1度以上の飲料を造ることは違法です。当然、ビールに関するリテラシーは高まらず、なじみの薄いクラフトビールを飲んでも、ピンとこないのは仕方ありません。クラフトビールの文化を広げるためには、消費者のリテラシーの底上げが不可欠だと思います。
捨てられた8千リットルのビール
水代 2017年、「伊勢ペ」が“ビール界のオスカー”といわれる国際コンテスト「IBA(The International Brewing Awards)」で金賞を受賞し、2018年にはビール工場を新設されましたよね。この時期、はたから見ていて、伊勢角屋麦酒が本格的にアクセルを踏み込んだなと感じていました。
鈴木 世界中でクラフトビールの人気が高まっていることもあり、海外展開も見据えて設備投資に打って出ました。これまでの工場と比べて生産量が最大で8倍に増えました。
水代 生産ロットが増えると、品質を保つためのパラメーターも複雑になってきますよね。僕は仕事柄、フードメニューを開発する機会がよくありますが、たとえば4人分のカレーはおいしく作れたとしても、それを100人分作るのと、1万人分作るのでは難しさの質も量もぜんぜん違う。
鈴木 おっしゃる通りで、我々も新工場でのビールは、レシピどおりに造ったつもりがなかなか納得のいくものができなくて。さんざんPDCAを回しましたがうまくいかず、結局8千リットルの「伊勢ペ」を捨てましたよ。
水代 えーっ! 8千リットル!
鈴木 スタッフは「これでも他社のビールには負けていませんよ!」と抵抗していました。それでも僕は「明日までに捨てなさい」と指示したんです。なのに、翌朝工場に行ってみたらまだタンクが空になっていなかった。工場内に私の怒号が響きましたよ(笑)。
水代 ですが……単純計算で1千万円近い売り上げを水に流すようなものですよ。それに新工場でようやく完成した「伊勢ペ」ですから、スタッフの思い入れも相当なものだったかと。
鈴木 「あの時、ビールが流れていくのを見るのは地獄でした」と、後々スタッフも言っていましたよ。新工場に多額の建設費を投じていたから、僕自身もキャッシュはのどから手が出るほど欲しかった。でも、ダメなものはダメです。その日を境に、捨てたからにはもっといいビールを造ろうとスタッフに覚悟が生まれました。「聞きわけのない社長だ」という諦めもあったかもしれませんが(笑)。
水代 でも、そのストイックさが伊勢角屋麦酒の質を維持しているのでしょうね。現に「伊勢ペ」は2019年のIBAで二度目の金賞に輝きましたし。
鈴木 受賞の知らせを聞いたときは「本当に新工場の『伊勢ペ』か?」「間違いないのか?」とスタッフに何度も聞き返しましたよ。うれしかったですねぇ。久々に泣きました。
水代 質の向上という意味では、捨てられた8千リットルのビールも決してムダではなかったわけですね。
鈴木 そうですね。でもまだ完成ではありません。今飲んでいて気づいたのですが、だれる甘さがちょっと舌に残るなと。
水代 え、そうですか?
鈴木 うん、そんなに気づく人はいないかもしれないけれど、僕は気になる。もっとキレをよくできますから。こういう改善はやらないと気が済まない。
水代 さすが(笑)。この先さらにおいしくなるわけですね。いちファンとして、新生「伊勢ペ」を楽しみにしています!
(構成:堀尾大悟 撮影:小島マサヒロ)
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November 30, 2020 at 06:18AM
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世界を獲ったクラフトビール 水墨画を意識した「伊勢角屋麦酒・ペールエール」 - 朝日新聞デジタル
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