クラフトビールならぬクラフトコーラがあるそうだ。世界初のクラフトコーラ専門店「伊良(いよし)コーラ」(東京都新宿区)では、米国のコーラレシピをベースに、下落合の自社工房で職人が時間をかけて手作りしている。なぜ、若者が脱サラしてまでクラフトコーラ作りにこだわるのか、開業以来3年で10万人が飲んだというその味とは--。【賀川智子】
祖父は和漢方の調合師で下落合に工房
クラフトコーラを開発したのは、同店代表の「コーラ小林」こと小林隆英さん(31)で、そのきっかけは偶然の発見だった。
小林さんは下落合生まれで、祖父・伊東良太郎さんは和漢方の調合師だった。長野県出身の祖父は、小学生で東京・外神田の薬局に丁稚(でっち)奉公に出て修業を積んだ後、下落合に工房「伊良葯工」を構えた。
「江戸っ子で、粋。いい意味で頑固だった」という職人かたぎの祖父を小林さんは慕い、物心つく時から工房を訪ね、漢方を調合する作業などを手伝った。
小林さんが初めてコーラを飲んだのは4~5歳のころだ。
「炭酸は怖いもの、飲んじゃいけないもの」。幼稚園の友だちはそう言って恐れていた。でも、いざ飲んでみたら「全然飲める。普通においしいな」と思ったそうだ。
以来、ちょっと頭痛がする時にコーラを飲むなど、コーラは身近なドリンクになった。北海道大学農学部に進学後も、休暇中に放浪したドイツやイギリス、メキシコなど30カ国以上で現地の珍しいコーラを楽しむ「コーラマニア」となった。
きっかけは偶然見つけた130年以上前の米国レシピ
小林さんに転機が訪れた。
広告代理店に就職して1年目の2015年、たまたまインターネットで見つけた130年以上前のコーラのオリジナルレシピに興味を持った。元々コーラは米国の薬剤師が頭痛などに効く調合薬として開発した飲料だ。
「自分で作ってみよう」。軽い気持ちでレシピをまねて作り始めたが、なかなか納得いく味にならない。週末などをコーラ作りに費やし、2年ほどたった時、尊敬していた祖父が亡くなった。
遺品を整理をするため、久しぶりに祖父の工房に行くと、祖父が使った資料や粉砕機などが見つかった。
「コーラ作りにも生かせるのでは」
小林さんは、祖父が残した資料を参考に、火の入れ方を変えたり漢方の素材を加えたりしてみると、コーラの風味は格段に良くなり、満足のいくものができた。
完成品は同僚にも好評で、「より多くの人に味わってもらいたい」と、販売を思い立った。貯金をつぎ込んでフードトラックなどの機材を購入。屋号は祖父にあやかり「伊良コーラ」とした。
「500円もらっちゃったよ」商売の怖さとうれしさ
ただ、それまで商売の経験はなかった。ものを売るといえばフリーマーケットとかネットオークションで持ち物を売るぐらいで、もらうお金といえば会社から振り込まれる給与くらいだった。
まして、パッケージデザインや適正な値段など一から考えたこともなく、売れるかどうか不安だった。
ところが、2018年7月の販売初日、特に告知もしなかったにもかかわらず、用意した150杯が数時間で完売した。実際に自分で作ったコーラが売れて、お金を渡されている――。
そのときの感覚をよく覚えているという。
「500円もらっちゃったよ、という感覚。自分が作ったものでだれかに喜んでもらえる。お金はサービスの対価、等価交換だという意味がよく分かった。ゼロから作り上げたものがお金になるということは、怖かったけれどうれしかった」
週末限定のキッチンカーは話題となり、リピーターもできるようになった。そして、数カ月後、小林さんは会社を退職し、伊良コーラに専念することになった。
祖父の工房を改装してコーラのシロップを作りながら、自ら営業して商品を売り込んだ。大手デパートやセレクトショップなどに置かれるようになり、徐々に認知度が上がっていった。
2020年2月、工房の横に念願の実店舗をオープン。SNSや口コミなどで評判が広がり、誕生から3年でコーラを飲んだ人は延べ10万人以上になった。
体が喜ぶ味、コーラの概念変わり
実際にクラフトコーラを飲んでみた。
コーラのシロップの瓶を開けると、シナモンやカルダモンのようなスパイスが香る。炭酸で割って飲んだ瞬間、香りが幾重にもなり、後味はスッキリとしている。
それまではコーラに対して「体に悪い、ジャンキーな飲み物」と言うイメージがあったが、むしろ体が喜ぶものを摂取したという感覚だ。スパイスが利いて子どもは苦手と思いきや、10歳の長男は「おいしい」と一気に飲み干した。
さらにホットミルクに少しシロップを入れると、高級なチャイのような、スイーツのような飲み物に変身した。記者のコーラの概念が変わった。
原産地ガーナまで買い付けに
小林さんは、配合する12種類のスパイスのすべてに天然の素材を使い、シロップは小林さんら職人が工房で手作りしている。3人ほどで1日かけてもできるのは数百人分だという。
特にコーラの実は、小林さんが原産地のガーナまで行って現地のコーラ農家から個人輸入したコーラナッツを使う。
小林さんが現地のコーラ農家に話を聞くと、コーラの実は「神様の贈り物」と言われ、結婚式などのハレの席で使われる特別な実だった。一方で、木から落ちた実は誰でも取っていいため、一般の人も日常的に実を嗜好(しこう)品として食べ、生活に根ざした植物であることも分かったという。
コロナ禍で渋谷に出店計画 クラウドファンディングも
大きな目標がある。
2大メーカーのコカ・コーラやペプシコーラに並ぶ存在になることだ。そのために、飲料メーカーとして販路を広げるのではなく、作り手と買い手双方の顔の見える対面販売を重視していきたいと小林さんは言う。
そう思うようになったのは、コロナ禍で3カ月間休業を余儀なくされて客と接する機会が減る中、人とのリアルなつながりの大切さを実感したからだ。
「コロナを機に、お客と1対1で対面して体験を届けて喜んでもらうのが伊良コーラが提供できる価値だと改めて気づいた」
その第1弾が、4月29日に渋谷区神宮前の一角、通称「キャットストリート」にオープンする予定の店舗だ。
そのため、4月15日まで開店資金をインターネットで募るクラウドファンディングに挑戦している。
キャットストリートは日本のストリートファッションの発信地と言われながら、コロナ禍で店舗の撤退が相次いでいる。そこにあえて出店するのは、コロナで閉塞(へいそく)している今の日本の状況を少しでも変えたいと思うからだ。
米国のコーラ誕生に重なるコロナ禍 「少しでもハッピーに」
くしくも、コーラが生まれた当時の米国は南北戦争直後。南軍の拠点だったジョージア州アトランタの町は薬物中毒者であふれ、閉塞(へいそく)感が漂っていた。そんな中、薬剤師のジョン・ペンバートン博士が、人々の健康と明るい未来を願いコーラを生み出したという。
小林さんも未来を見据える。
「今の日本も、すべての人がいつ晴れるか分からない霧の中にいるような気持ちだと思います。そんな時だからこそ、神様から贈られたハッピーな材料を使ったコーラをたくさんの方に飲んでもらい、少しでもハッピーになってほしい」
伊良コーラ総本店下落合
東京都新宿区高田馬場3の44の2。西武新宿線下落合駅から徒歩3分。営業は土日祝日、11~17時。コーラシロップはオンラインショップでも購入可能。クラウドファンディングはこちら。
からの記事と詳細 ( クラフトコーラにかけ脱サラ 「ハッピーになる」 その味は - 毎日新聞 - 毎日新聞 )
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