それは“最後の決戦”である「Doomsday」の朝のことだった。総司令官のTubboは、自らが支配する領土「L’Manberg」の緑に覆われた丘を見わたした。
横のベンチには副司令官のTommyInnitが座っており、冷静にうなずきながら「聞いてください」と切り出す。そしてドラマティックな間を置いてから、こう続けた。「あなたは、わたしを追放しなければならなかった。それは承知しています」──。
この8カ月の間、TommyInnitとTubboは「Minecraft(マインクラフト)」の世界でレゴ風のアヴァターを操りながら、目的のためには手段を選ばない政治ドラマを張り詰める緊迫感のなか繰り広げてきた。2021年1月6日には100万人を超える視聴者がマインクラフトにログインし、その顛末をライヴで見届けようとしたのである。
TommyInnitは、こう言った。過去は水に流そう、自分はもう怒っていない、と。L’Manbergの未来が危機に晒されているのだ。「わたしたちは手を組んでDreamに立ち向かわなければならない。これまでいつもそうしてきたように」と、TommyInnitは続けた。
ここで出てきた「Dream」とは、「Dream SMP」という「サバイバルマルチプレイ(SMP)」用サーヴァーの所有者であるプレイヤーのことだ。Dream SMPでは20年5月以降、多くのキャラクターの陰謀と裏切りが交錯するヴァーチャルな世界が繰り広げられてきた。そこで展開するストーリーは、どんなリアリティ番組よりも予測不能だ。
いまやヴィデオゲームは単なるポップカルチャーではなく、創造のための素材になっている。そして、そこから新しい演劇的なスタイルが生まれる。どろどろしていて、まるで幻覚を思わせるような、ばかげていて、笑ってしまうくらいめちゃくちゃで、インターネットでしか生まれないような世界だ。
世界トップの人気を誇るオンラインゲームの一部は、ライヴシアターと化している。そこで繰り広げられるドラマは、TwitchやYouTubeを通じて何百万人という視聴者にライヴ配信されているのだ。
そうしたゲームのひとつが、ゲームであると同時にデジタルな“砂場”でもあるマインクラフトである。それはたとえて言うなら、子どもがレゴで“ごっこ遊び”をしながら思い描く想像の物語がそこに出現し、果てしなく展開を続けていくような世界だ。数限りない色つきのブロックによって、『千と千尋の神隠し』や『ゲーム・オブ・スローンズ』などの世界を完璧に再現したレプリカがつくられている。
ゲームの世界で繰り広げられるドラマ
マインクラフトの基本的なプレイは、原材料から構造物などを建築することだ。さらに「サバイバルモード」では、プレイヤーは資源を集めたり、ツールをクラフト(生成)したり、「モブ」と呼ばれる生き物やほかのプレイヤーと戦ったりできる。
Dream SMPが、まさにそうだ。複数のプレイヤーが参加できる「サバイバルマルチプレイ(SMP)」のサーヴァーとして、Dreamが構築している世界である。そこではマインクラフトの有名プレイヤーたちが、計何十時間にもわたって生配信しながら、物語をほぼ即興で展開し続けている。
動画配信プラットフォームの「Twitch」では、それらの有名プレイヤーが各自のチャンネルで別々に生配信し、何百万人ものチャンネル登録者に向けて独自の視点から架空のドラマを展開させている。それを観たファンたちは、繰り広げられた争いや葛藤などをひとつ残らず、まるで『戦史』をつづった古代ギリシャの歴史家トゥキディデスのようにWikiに記録していく。
例えば、「BT period(TommyInnit以前の時代)」から、「So We Are Gamers(SWAG2020)党」と「Politicians of Gaming(POG2020)党」が戦って物議をかもした選挙のこと。そして、「Second Pet War」「Doomsday」といった出来事の記録がそうだ。
「物語とは普通、テレビや映画、ミュージカルといった、もっと伝統的な形式で語られています。ここで起きている物語は独特なものなのです」と、Dream SMPのプレイヤーのひとりであるQuackityは語る。「マインクラフトは多くの人にとって、原材料を発掘したり集めたりするゲームです。わたしたちはヴィデオゲームを通じて、とても興味深いストーリーを語れるという事実を証明しています」
RPGからライヴシアターへ
ゲーマー向けチャットアプリ「Discord」上には、ごく限られた人数で構成されるDream SMPのライターズルームが存在する。ライターたちはここで音声通話を使った秘密のミーティングを開き、大まかな物語の流れと重要なポイントを決めているのだ。例えば、選挙や新しい建物の建設、宣戦布告の文書を考えたり、軍事戦略を立てたりしている。
とはいえ、生配信が始まると物語が脱線することも多い。Quackityは、Dream SMPで実施された大統領選挙の結果をステージ上で待っていたときのことを例に挙げる。SWAG2020党からともに立候補していた「GeorgeNotFound」が、姿を現さなかったのだ。あとでわかったのだが、イヴェントの最中ずっと寝ていたという。
「いまではジョークのネタですよ。Dream SMPがこうして語り草になったのは、GeorgeNotFoundのおかげです」と、Quackityは語る。このとき放置されるはめになったQuackityは、酔っぱらいを装った反乱者のJschlattと、その場しのぎで「SchWAG2020」党を立ち上げた。そして46%の票を獲得して勝利を収めたのである。対するPOG2020党の得票率は、45%だった。
オンラインゲーム上のロールプレイングは、オンラインゲームそのものと同じくらい歴史が古い。90年代のロールプレイング・マルチユーザーダンジョン(RP MUD)と呼ばれるジャンルでは参加ルールが規定されており、背景まで細かく設定されたキャラクターを使って複雑なストーリーラインをテキストだけで構築していた。
初期のMMORPG(多人数同時参加型オンライン・ロールプレイングゲーム)では、プレイヤーは事前に決められたプロットではなく、アヴァターのファッションやエモート(挨拶や感情表現を表す機能)、カスタマイズ可能な家などを補強することで、共有された物語を語ろうとした。
これに対して個人によるゲーム内でのロールプレイは、TwitchやYouTubeなどの生配信プラットフォームによって再構築され、エンターテインメントと化し、さらにはビジネスになった。
これは真の視聴体験としてのアートの形態のひとつであり、文化を創出するマシンでもある。そして、これは「フォートナイト」の実況で知られるプロゲーマーのNinjaことタイラー・ブレヴィンズのストリーミングよりも、どちらかといえばライヴシアターに近いものだ。
ゲームは芸術的なメディアである
こうしたパフォーマンスの新時代を迎えているのは、マインクラフトだけではない。マインクラフトのSMPは、いわばいま起きているルネッサンスの一部なのだ。
オープンワールドのアクションゲーム「グランド・セフト・オートV」(GAT V)では、ゲーマーたちが汚い人間関係や非情なマフィアの物語を演じながら、壮大な都市のあちこちでアヴァターとクルマを動かしている。その人気が絶頂に達した19年、TwitchではGAT Vのロールプレイングがたった7日間で1,700万時間以上も視聴された。
最近ではTwitchの配信者コミュニティーである「Offline TV」が、13年に早期アクセスが始まったマルチプレイ・サヴァイヴァル・シューティングゲーム「Rust」にプライヴェートサーヴァーをつくり、本格的なリアリティ番組へと昇華させた。そこでは何十人もの有名ストリーマーたちが自らのキャラクターをRustのオープンワールドへと放ち、派閥をつくったり壊したり、槍で互いを突き刺したりしている。21年1月始めには、視聴者数は100万人を超えた。
ゲームは商品でありアートだ。それと同時に、芸術的なメディアでもある。ゲームをメディアとして扱うものにとって、ゲームはメカニクスと美学の両方から成り立つ。ちょうど、ピアノの内側やブロードウェイの演劇のセットのようにだ(一部のファンはDream SMPを、有名なブロードウェイミュージカル「ハミルトン」のマインクラフト版と呼んでいる。プレイヤーたちがハミルトンをあちこちで引用しているからだ)。
さらに、ライヴ感も大切である。観客側の楽しみは、プレイヤーたちがゲームの構造に伴う限界を踏まえつつ、どう連携して物語を即興でつくっていくかを分析することだ。マインクラフトのような何かをゆっくりと構築するタイプのゲームであっても、芸術家たちはそれぞれ他者が気づかないところに限界を見出したり、逆に他者にとっての限界に気づかなかったりする。
Dreamをマインクラフト史上最高のプレイヤーにしているのも、これらの特性だ。このことは、1,600万人のチャンネル登録者数を誇るDreamのYouTubeチャンネルにある無数の動画が裏付けている。
Dreamは、マインクラフトの「サバイバルモード」でスピードラン[編註:特定の課題達成にかかる時間を競い合うタイムトライアル]の世界記録をもっている。ゲームの知識を生かして資源を掘り、アイテムをクラフトし、ゲーム最強のモンスター「エンダードラゴン」を誰よりも早く倒したのだ(Dreamはあるスピードランで、剣に「penis」と名前をつけるために数秒余分に時間をかけた。Dreamのスピードランのなかには不正だと物言いがついているものもあるが、彼はその疑惑を否定している)。
Dreamの名が一躍有名になったきっかけのひとつが、YouTubeで配信された「Minecraft Manhunt」シリーズだった。そのなかでDreamは、ライフたったひとつでエンダードラゴンを倒そうと競った。それを阻止しようと、友人たちがトラップや武器を手に追いかけてくる。ゲームは彼のアートで、配信は彼の劇場なのだ。
舞台としてのヴィデオゲーム
「この世は舞台」というシェイクスピアの言葉が本当だとしたら、インターネットは2倍の意味でそうだと言える。「舞台としてのヴィデオゲーム」が驚くほど人気がある理由のひとつは、これが無料でアクセスできるオンライン・エンターテインメントだからだ。
しかしもっと具体的に言うと、インターネットとは視聴者やパフォーマー、批評家、それ以外のすべての人が泳ぐ“海”なのである。
ヴィデオゲームのパフォーマンスは、ゲーム上やTwitch、YouTubeのアーカイヴ動画だけでなく、ストリーマーのTwitter(弱音を吐く場だ)やInstagram(これは力を誇示する場)でも拡散する。この舞台には地獄のような穴はなく、まるで平面の地球のようだ。
Dreamは、顔すら一度も公表していない。マインクラフトのプレイヤーでもある彼のオーディエンスにとってDreamは、マインクラフトの世界の構成要素であり、みんなで同じ波を楽しんでいるのだ。
運命が決まるDoomsdayでは、L’Manbergを巡る戦いが激しさを増した。角ばったアヴァターたちは剣を手に、崩壊寸前の草原のあちらこちらを飛び回った。そしてあるとき、Tubboがふいに「何だと!」と叫び声を上げた。直後に彼の視界は炎に包まれ、何も見えなくなった。爆発物が空から次々と降ってくる。Dreamが戦いの前にこっそりと、爆発性ブロックである「TNT」を空に仕込んでいたのだ。
L’Manbergをつくり上げていたブロックがふっと消滅し、そこにはクレーターだけが残った。
※『WIRED』によるマインクラフトの関連記事はこちら。ゲームの関連記事はこちら。
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